10 February, 2014

75セントのブルース


東京は1969年3月以来45年ぶりの積雪量だったという。1969年3月の大雪は私よく憶えている。雪合戦が楽しかった、とかいうのではなく、その2~3週間後に買った『少年サンデー』で読んだ、新宿西口界隈を舞台にした『75セントのブルース』という漫画――その記憶とのセットで、私の人生にインプットされている。

小学5年生の私にはちょっと大人びた漫画だった。主人公は場末のライブハウスでサクソフォンを吹く「セイント」。アパートに同居させている少年トランぺッター「鷹彦」にレコード会社からメジャーデビューの話が来たことで、二人の友情に葛藤が生じる。思い悩んだあげく鷹彦は出て行き、セイントはウジウジ。だが季節外れの大雪が降り積もった朝、西口に戻って来た鷹彦。二人は無言のうちに互いを理解しあう・・・・・・といった話だった。

「タカヒコ」という名前の響きがカッコイイと感じた。そのカッコイイ鷹彦が脚立のてっぺんで両膝を抱え、ひと晩じゅう沈黙を続けるひとコマが、私の眼に焼きついた。大人になって結婚して家に脚立を買った時、鷹彦のようにやってみようとしてできなかった、という馬鹿げた思い出のオマケつき。

仕事から戻った二人がマイルス・デイヴィスの『マイルストーン』をかける、という数コマの描写も記憶にある。私は11歳でまだ『マイルストーン』は知らなかったが、セイントと鷹彦が暮らす殺風景な部屋に響き渡るトランペットの音を共有したようなその時の気分は、あながち間違ってなかったことを、後年LPを買って確かめた。

ただ、ミュージシャンとして別々の道に踏み出した二人の問題は何も変わらないまま、偶然の大雪で白く塗り潰して「THE END」でいいのかよ?と、子供心にも釈然としない結末だったが、「大人って、そういうこともあるのだろう。」と妙に悟った気分にもなった。

主人公セイントが呟く「75セントのブルース」。

   どっかへ走っていく汽車の
   75セントぶんの切符をくだせい
   どこへいくかなんて 知っちゃあいねえ
   ただもう こっちから はなれてくんだ。

ブルースというが音では知らず、だが漫画の吹き出しの中のコトバとして、ブルースもろくに知らない11歳の心に刻まれて、ずっと私は忘れることがなかった。45年後の大雪をきっかけに、記憶を確認したくなってウェブ検索してみたら、ラングストン・ヒューズ(Langston Hughes 1902-1967)という黒人詩人のものだった。(上は、木島始訳としてウェブに引用されていたものに、リフレインの省略など少し変更を加えた。)

漫画の作者は宮谷一彦という、当時他に全共闘や左翼活動家を描いた作品が多かった人だそうだ。『少年サンデー』の見開き2ページを使って細密に描き込まれた新宿西口ロータリーの俯瞰図――。1968~69年、ベトナム反戦運動やフォークゲリラ、左翼暴動が繰り広げられた場所。そんな場所としての記憶が、45年経ってなお、ひとり西口広場を歩く時、私にふと呟かせる時がある。

   切符をくだせい 75セント分の切符を
   どこだっていい
   ただもう、ここからはなれていくんだ・・・



iphone photo 457: Snowy afternoon. Shinjuku-Nishiguchi Tokyo, Feb 2014.

2014年2月14日、東京に再び雪が降った。
労働の帰りにたまたま、新宿西口地下広場を通りかかった。
iPhone photo copyright © 2014 Megumi Manzaki.




【75セントのブルース - 2日後の追記】

Seventy-five cent blues ..... で検索しても出てこないわけだ。原題は「Six-Bits Blues」という。
Gimme six-bits' worth o' ticket
On a train that runs somewhere.
I say six-bits' worth o' ticket
On a train that runs somewhere.
I don't care where it's goin'
Just so it goes away from here.

Baby, gimme a little lovin'
But don't make it too long.
A little lovin', babe, but
Don't make it too long.
Make it short and sweet, your lovin',
So I can roll along.

I got to roll along!

          Six-Bits Blues by Langstone Hughes