30 March, 2015

ファズの魔法使い, 29 Mar 2015 - グレッグ・Fの物語


ファズの魔法使い (featuring 春日善光) live at Outbreak, Yotsuya Tokyo, 29 March 2015.

Using Carl Zeiss/Contax Planar 135mm/F2 single focal lens, Planar 50mm/F1.4 single focal lens with Sony Alpha ILCE-7 35mm full-frame camera.
All photo copyright © 2015 Megumi Manzaki.


ファズの魔法使い live at Outbreak, Tokyo, 29 Mar 2015. 283


ファズの魔法使い live at Outbreak, Tokyo, 29 Mar 2015. 328


11 photos taken by Megumi in this session available.
https://www.flickr.com/photos/megumi_manzaki/sets/72157651578112506/


 写真のバンドと直接の関係はない話なのだが・・・・・・。

 オリヴァー・サックスという脳神経科医が書いた医学エッセイ『火星の人類学者: 脳神経科医と7人の奇妙な患者』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫、オリジナルは Oliver Sacks, An Antholopologist on Mars, 1995)の中で、「色盲の画家」のエピソードの次に登場するのが、「最後のヒッピー」、脳腫瘍から健忘症になり、1960年代の世界に生きるグレッグ・Fというアメリカ人青年のエピソードだ。
 療養所で車椅子生活を送るグレッグは、人格も感情もあり会話もできるが、彼の話の中ではジャニス・ジョプリンもジミ・ヘンドリックスもまだ死んでいない。つまり1969年ないし70年で彼の時間は止まってしまったのだ。グレイトフル・デッドの熱狂的ファン(デッドヘッド)で、ニューヨークのセントラルパークとフィルモア・イーストのライブに行ったことを熱く語る。デッドの60年代の曲は全部正確に歌え、ギターだって弾くことができる。だが1970年より後の出来事は5分前のことも憶えていないし、彼は視力を失っていたのだが、自分が目が見えないということすら理解していない。
 そんなグレッグに寄り添うように1977年から継続的に診察してきた脳神経科医オリヴァーは、1991年の夏、マディソン・スクエア・ガーデンでグレイトフル・デッドのライブがあることを知り、その刺激がグレッグの症状に変化をもたらすかもしれないと、苦労してチケットを取り連れて行く。
「・・・(ニューヨークに到着したグレッグが言うことは) 病理的な時代錯誤でしかないが、マディソン・スクエア・ガーデンの60年代さながらの群衆のなかにいると、自然で正常なことのように感じられた。」「会場に入ると、車椅子のグレッグのためにサウンドボードのそばに特別席がしつらえてあった。グレッグは時間とともにますます興奮し、群衆の叫び声を聞いてわくわくしていた。」

 ・・・地下鉄の車内でここまで読み、私自身もわくわくしながら、エピソードの結末まであと2~3ページを残して、四ツ谷駅で降りてライブハウスに向かった。4バンドのパワフルなステージを経てオーラスの「ファズの魔法使い」の登場前、転換時間があったので、フロアは暗かった(しかもミラーボール照明だ)けど、あとちょっとの続きを読んだ。・・・ステージでは春日さんのギターが大音響で鳴り始めているというのに、その結末のせつなさに私は号泣しそうになってしまった。せつない結末、といってもグレッグ・Fが死んだわけではない。ほんの数年私たちより年上のはずなので、どこかの療養所でまだ存命かもしれない・・・。

 コンサートが終わってマディソン・スクエア・ガーデンを出る時、「今日のことは決して忘れないよ。人生で最高の日だった」とグレッグは言う。コンサートの記憶がグレッグの頭から消えないように、帰りの車内でデッドのCDをかけ、オリヴァーはグレッグに話しかけ続けた。「グレッグは帰る道すがら熱心に歌っていたし、療養所で別れるときも、まだ興奮にうっとりしていた。」
 「翌朝早く行ってみると、グレッグは療養所の食堂でぽつんとひとり、壁のほうを向いていた。わたしは、グレイトフル・デッドをどう思うか、と尋ねた。『すごいグループだよ。・・・セントラルパークに聞きに行ったことがある。フィルモア・イーストにも』 『・・・そのあとはどう?マディソン・スクエア・ガーデンに聞きに行ったばかりじゃないかい?』
 『いや』と彼は答えた。『マディソン・スクエア・ガーデンには行ったことがないよ』」